入院を最小限にする。オランダ発の最新ヘルステクノロジー

02-11-2022

入院を最小限にする。患者のデータを病院に送るウェアラブルとセンサー付きマットなど、オランダで続々開発

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TNOホルストセンターで開発されたヘルスパッチの技術。心電図や心拍数、呼吸数を家にいながら計測し、病院からデータをモニターすることが可能に。

 

家のベッドで寝ているだけで、呼吸数や心拍数などのデータが病院に送信され、医師が遠隔で診断をする――SF映画のような世界が、オランダでは実現しつつあります。

患者が身体に貼り付けることのできる「ヘルスパッチ」や、ベッドや椅子に埋め込み可能な「スマートセンサーマット」がすでに開発されており、さまざまなバイタルサインの継続的な遠隔モニターが可能になっているのです。

これらの新デバイスを支える技術開発を行っているのが、オランダ南部ブラバント州を拠点とする研究開発機関「TNO Holst Centre(ホルストセンター)」です。フレキシブルエレクトロニクスとワイヤレスセンサー技術を使って、人間中心、かつコストのかからない次世代医療の構築を目指しています。

さまざまな製品への応用が可能な、ホルストセンター発の技術プラットフォームをご紹介しましょう。

 

コロナ禍で開発が加速、「ヘルスパッチ」で遠隔医療

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TNOホルストセンターのディレクター、Ton van Mol (トン・ファンモル)氏

「私たちが貢献できるのは、人々をできるだけ入院させない技術を導入することです」――ホルストセンターのディレクター、Ton van Mol(トン・ファンモル)氏は、次世代医療で同センターが果たすべき役割を語ります。

「医療費のうち、入院はいちばん大きな負担となっています。だから、これを減らすことができれば、大きな医療費削減につながります。入院せずに済めば、それは患者にとっても心地いいものですよね?」(ファンモル氏)

このビジョンの下で開発されたのが、ヘルスパッチです。電池やセンサーが配備された、伸縮性と耐水性のある超薄型の小型シートで、患者は直接肌に着けることができます。ドライ電極技術により、パッチは連続で最長14日間使用が可能。センサーが心電図や呼吸数、心拍数などを測定し、病院のプラットフォームなどにデータがワイヤレス送信されるシステムになっています。

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ヘルスパッチの裏側には、電極や回路が印刷されている。

 

「手術前の検査や術後の経過観測などにも利用できます。そうすれば、患者が病院で過ごす時間は大幅に減らせるし、医療費にもインパクトを与えられます。また、家で継続的にデータを取れば、病院で行われるストレスフルな1回きりの測定よりも信頼度の高いものになります」(ファンモル氏)

この技術はすでにオランダの電気機器メーカー「Philips(フィリップス)」により応用され、「Healthdot(ヘルスドット)」という商品が生まれました。

2021年には、国内の病院で、新型コロナウイルス感染者のヘルスデータを在宅で測ってモニターするのにも使用されました。フィリップスによれば、同センサーはコロナ禍により、優先的に認証されたといいます。当時は病院の収容能力がひっ迫しており、ベッド数を確保したり、医療関係者の負担を軽減したりするために、この技術は大いに役立ったのです。

ファンモル氏によれば、現時点ではこのヘルスパッチ技術で心電図、心拍数、呼吸数の計測が可能ですが、向こう2年以内に深部体温や血中酸素濃度の計測・モニターを可能にする画期的なセンサーを導入する計画です。ほかにも、ユーザーとなる企業や組織の要望に応じて、カスタマイズが可能だといいます。

「だから、これはヘルスパッチという単体の商品ではなく、『プラットフォーム』なのです。例えば、データをモニターする期間に応じて、パッチに組み込むバッテリー数は変わります。また、症状によっても何をどのぐらいの頻度で計測するかは変わるため、パッチの設計は違ってきます。これは、患者に応じた医療の個別化にもつながるのです」(ファンモル氏)

 

寝ている間に健康をモニタリングするベッド

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スマートセンサーマットはベビーベッドにも応用できる。(Holst Centreビデオより)

ホルストセンターが開発したもう1つの技術プラットフォームは、「スマートセンサーマット」です。これは薄いエラストマー(ゴム弾性を持つ材料)にセンサーを印刷したシートで、ベッドや椅子などいろいろなものに使用することができます。現在、測定が可能なのは、呼吸数と心拍数、そして寝ている人の姿勢です。

「センサーは非常に感度が高く、患者が動いてもすぐに信号を検出できます。これは身体に着ける必要もないので、より快適に、邪魔にならない方法で、患者の健康状態をモニタリングすることが可能になります」シニアビジネスデベロップメントマネジャー兼スタートアップ・スペシャリストのAshok Sridhar(アショク・スリダ―)氏は説明します。

Afbeelding10スマートセンサーマットを持つAshok Sridhar(アショク・スリダ―)氏

同氏によれば、これはあるオランダ企業により、睡眠時無呼吸症候群(寝ている間に呼吸が頻繁に10秒以上止まる病気)の患者をモニターするためのベッドに応用され、現在は臨床実験段階にあるといいます。

スマートセンサーマットは、大人用のベッドのほか、ベビーベッドやオフィスの椅子、そして車のシートなどへの応用も考案されています。長時間同じ姿勢で座ることで、眠くなったり、集中力がなくなったりしているのをセンサーがキャッチし、ポジションを変えたり、立ち上がって運動したりする必要性を知らせる機能を付けることも可能です。

自動運転時代が到来したとしても、ドライバーは操作をしない中でも注意を払う必要があるため、この技術は必要不可欠になると考えられています。

「このシートから商品を作りたい企業があれば、私たちは蓄積された多くのノウハウで彼らをサポートできます。ヘルスパッチと同様に、用途に応じてプリントするセンサーの種類や数などを調整できます」(スリダ―氏)。

 

3Dプリンターで薬をパーソナライズ

ホルストセンターでは、傘下の「TNO(オランダ応用科学研究機構)」を通じて、薬をパーソナライズ化することにも取り組んでいます。具体的には、薬をカスタマイズ生産できる特別な3Dプリンターを開発しています。

「適量の材料を最適のタイミングで体内放出し、かつ最適な形状形成が可能な3Dプリンターです。完全にデジタルなので、各人に応じた薬をつくることができるのです。はじめの用途としては、子ども用の試薬生産を検討しています。患者の体重は、薬の量を決める際の重要な要素ですが、現在は0~12歳の子どもの体重がさまざまなのに対して、薬のサイズは対応していません。病院では、看護師が薬をナイフで切り刻んで、子どもに与えているのが現状です」(ファンモル氏)

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TNOが開発した3Dプリンターでつくられた試薬・スナック類           (写真:稲子みどり)

 

同プリンターのもう1つの用途として考案されているのは、食品です。特定の栄養素を加えるなど、食事をパーソナライズ化する必要のある人のために応用できます。同プロジェクトでは、食品の研究で世界的に有名なワーヘニンゲン大学とも提携し、共同研究を進めています。

「最適の材料ミックス、最適の味や食感、そして常に同じ品質を得ること――3Dプリンターで食品をつくるのは、簡単ではありません。このプリンターには、私たちのプロセス技術や材料に関する知識などが結集しています」(スリダ―氏)

 

日本企業のサポートも可能、次なる挑戦は「超音波画像」

ホルストセンターは2005年、オランダのTNOとベルギーの研究機関imec(アイメック)により、超小型の電子部品開発などマイクロエレクトロニクスのための研究開発機関として設立されました。プリンテッド&フレキシブルエレクトロニクス(変形可能な電子回路を活用する)とワイヤレスセンサー技術を専門分野として、医療、エネルギー、モビリティなどを含む持続可能な社会を見据えた革新的な技術を生み出しています。

これらの技術を顧客企業と共有し、企業が新たな製品や生産技術を開発するのをサポートするのがホルストセンターのビジネスモデルです。「その意味で、私たちはサービス業であると言えるでしょう」(ファンモル氏)

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ホルストセンターは多くのハイテク企業や研究機関が集積するアイントホーフェン市の「High Tech Campus(ハイテクキャンパス)」内にある。

 

28カ国180人の従業員が集まる同センターは、現在56社の企業・組織と提携し、45件の長期プロジェクトを実施しています。その内容は多岐に渡りますが、現在は特に、先述のような次世代の医療用技術に焦点を当てています。

「日本は世界一の長寿国ですが、一方で老齢化を支える医療従事者の数は十分ではありません。私たちの技術は、医療システムの負荷を軽減するのに役立ち、日本の内閣府が掲げる『Society 5.0』のイニシアティブにとてもよく適合しています。」(ファンモル氏)

彼らが挑戦する次なる技術プラットフォームは、超音波(エコー)画像です。身体にパッチを張り付ける形で超音波画像を撮り、最終的にはそれをモニターできるようにするのが目標です。例えば、この技術を使って血管をエコーで継続的に観測できれば、多くの疾患の予防につながります。

次世代の医療に向けて、一緒に挑戦しませんか?ホルストセンターの技術を製品に応用したい企業、同センターの技術を日本市場に適合させたい組織、問題解決に向けて一緒に技術開発に取り組みたい機関などの皆さま、下記連絡先までぜひご連絡ください。

 

連絡先:

Ton van Mol, Holst Centre Director 

ton.vanmol@tno.nl

High Tech Campus 31,
5656 AE Eindhoven

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picture of Naoko  Yamamoto
Naoko Yamamoto

Japanese writer and  publicist based in Eindhoven, The Netherlands