オランダの「オープンイノベーションハブ」ブラバント州、日本企業も参画する産官学連携の最新事例

23-08-2023

オランダの「オープンイノベーションハブ」ブラバント州、日本企業も参画する産官学連携の最新事例

TNO©Bart van Overbeeke

オランダといって思い浮かべるのは、アムステルダムやロッテルダムといった北西部の都市かもしれませんが、最先端テクノロジーに関しては、南部のブラバント州が有名です。同州は電気・医療機器メーカーのフィリップスを中心に、ヨーロッパ有数のハイテク集積地として発展しました。

同州の都市アイントホーフェンを中心に、フィリップスが築いてきたオープンイノベーションの文化は、同州最大の強み。政府・企業・研究機関が作るエコシステムの中で、次世代のエネルギー、ヘルスケア、オートモティブなどに向けたサステイナブルな解決策を提供するスタートアップ企業が続々と生まれています。

このエコシステムの中で、重要な役割を担っている2つの機関――ホルストセンタとブラバント州開発公社(Brabantse Ontwikkelings Maatschappij:BOM)――をご紹介しましょう。

プロトタイプを大量生産、ホルストセンターからスタートアップ誕生

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ブラバント州の「ハイテク・キャンパス・アイントホーフェン」内にある研究機関、ホルストセンター(写真:Holst Centre)

「私たちの役割は、“巣の中のクモ”みたいなものです」――ブラバント州のイノベーションをけん引する研究機関、「ホルストセンター」ハイブリッド・プリンテッド・エレクトロ二クス部門のマネジャー、Jeroen van den Brand(ヨルン・ファンデンブランド)氏は、同センターがエコシステムの中で果たす役割について説明します。

「大きな目標に向かって巣を張って、技術を応用するエンドユーザーやマテリアル企業、装置メーカー、大学など、さまざまなステークホルダーを捕えて結び付けるのです」(ファンデンブランド氏)

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ホルストセンターのプリンテッド・エレクトロ二クス部門マネジャー、ヨルン・ファンデンブランド氏 (写真: Holst Centre)

このステークホルダーには、パナソニックや村田製作所など、多くの日本企業も含まれます。同センターは、フレキシブル&ワイヤレス・エレクトロニクスの分野で、さまざまなプロトタイプを日本企業と共同で開発してきました。そして、これらの研究開発の蓄積が昨年1月、スタートアップ企業「TracXon(トラクソン)」のスピンオフという形で結実しました。

トラクソンはこの秋から、ホルストセンターで開発されたハイブリッド・プリンテッド・エレクトロニクス(HPE:フレキシブル・フィルムの上に電子回路やセンサなどを印刷して作られる電子デバイスと、半導体やほかの材料で作られたチップやLEDといった固体部品を組み合わせたもの)の大量生産に世界で初めて乗り出します。

「お客様と協力してプロトタイプを作る中で学んだのは、それらを製造する高レベルの技術を持った会社を見つけるのが大変難しいということでした。そのため、自分たちでスタートアップを作るべきだと考えたのです」(ファンデンブランド氏)

サステイナブル・エレクトロニクスに焦点

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大面積のプリンテッド・エレクトロニクス。フレキシブルなフィルムに電子回路やセンサが印刷されている(写真:Holst Centre)

昨年は同センターからのスピンオフ企業として、「FononTech(フォノンテック)」も設立されました。同社はホルストセンターの印刷のノウハウを活用し、熱を使った新しい実装技術を開発しました。これらのスタートアップが誇るのは、サステイナブルなテクノロジーです。

「小型IoT機器からサーバ、医療機器、産業ロボット、自動車など、あらゆる機器に使用されているPCB(プリント回路板)は、現在リサイクルするのがとても難しく、環境に良くないマテリアルをたくさん使っています。また、PCB上の電子回路は基板を銅でカバーした後に、パターンを得るまで化学薬品で銅を取り除いていく引き算的なプロセスで、無駄の多いものです。しかし、私たちが取り組む“積層造形印刷(アディティブ・マニュファクチャリング・プリンティング)”は、必要な材料だけを基板に加える新しいタイプのサステイナブルなPCBとして期待されています」と、ファンデンブランド氏は解説します。

同センターが目指すのは、完全循環型のHPE。基板となるフィルムにバイオベースや生分解性のマテリアルを使用するほか、フィルム上の銀を分離して再利用する技術も開発し、特許を得ています。

新しい3Dパッケージングで協力を呼びかけ

次世代のテクノロジーとして同センターが現在注力しているのは、「3Dプリンテッド・エレクトロニクス」です。これまでのフレキシブル&プリンテッド・エレクトロニクスは「2D」でしたが、それと同じ材料、同じプリンティング技術を使って、3Dプリンターで樹脂の層を重ねて立体構造を作り、電子回路や部品を埋め込むのです。

「これにより、チップの立体デザインの自由度が向上し、小さな面積に電子回路や部品を効率的に埋め込むことができるようになります。そのため、より複雑な機能を持つ製品に応用できるのです」(ファンデンブランド氏)

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3Dプリンターで印刷されたチップのパッケージ。チップは表面の下に埋め込まれており、印刷された配線層がその上にある(写真:Holst Centre)

私たちのエレクトロニクス製品がより小さく、多機能になる中、半導体業界ではいかに小さなスペースにより多くの部品や電子回路を配置できるかが大きな課題となっていますが、3Dプリンテッド・エレクトロニクスはその解決策として期待されます。同技術のアプリケーションとしては、センサ付きの手術用具や弾薬の監視・制御を行う防衛用製品などが考案されていますが、ほかにもさまざまな可能性が期待されています。

「2DのHPEができた当時もなにができるかは未知数でしたが、その後は肌に直接つけられるヘルスパッチや、床やベッドに組み込めるセンサーマットなど、パートナー企業との協力でさまざまな製品が生まれました。3Dプリンテッド・エレクトロニクスでも、『こんなことができないだろうか』と言ってくれるエンドユーザーを求めています。また、この技術はまだ開発途上なので、特別な材料を開発してくれるマテリアル企業や、装置メーカーなどの協力も必要です」と、ファンデンブランド氏は呼びかけます。

HPEの技術が成熟してスタートアップができたように、何年か後には3Dプリンテッド・エレクトロニクスのスタートアップが生まれているかもしれません。

新事業を支える強力なサポート組織BOM(ブラバント開発公社)

新たに生まれるスタートアップ企業や、その次の成長段階にあるスケールアップ企業を資金やノウハウ、ネットワークづくりなどで支えているのが、「ブラバント州開発公社(BOM)」です。オランダの経済・気候政策省とブラバント州政府が出資する政府系機関で、同州のエコシステムの中で中心的な役割を担っています。

BOMの3つのコアコンピテンスは、①スタートアップとスケールアップへの資金提供、②イノベーション・プログラムの提供、そして③国際化です。

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BOMは4つの主要テーマに焦点を当て、3つのコアコンピテンスを軸に、サステイナブルな将来を構築するためのサービスを提供している(資料:BOM)

「私たちはイノベーションのドライバーです。大学や研究機関、政府、企業と一緒に、どこに新しいものを創造し、社会に変化を与えるかを話し合います。そして、新しいビジネスを資金面でサポートするほか、イノベーション・プログラムでは、スタートアップやスケールアップにビジネスモデルの開発や市場に参入する方法などを教授します。さらに、国際化事業では、企業が海外に進出する際、適切な市場を見つけたり、進出先の市場を理解したりするための手助けを行います。一方で、海外の企業をブラバント州に誘致し、サポートするのも重要な任務です」

BOMの海外投資・国際貿易ディレクター、Eelko Brinkhoff(エールコ・ブリンクホフ)氏は同機関の役割を説明します。

Eelko Brinkhoff - BOM 0002BOMの海外投資・国際貿易ディレクター、エールコ・ブリンクホフ氏(写真:BOM)

3つのコアコンピテンスを軸に、BOMが焦点を当てているテーマは、①気候ニュートラルなエネルギーソリューション、②健康的な未来、③持続可能な食糧システム、④有望なキーテクノロジー(半導体、フォトニクス、ナノテクノロジーなどを含む)ーーの4つです。

「私たちが関わっているポートフォリオ企業のうち、90%はこれら4つのテーマに関連しています。3つのコアコンピテンスを合わせて、これら4つの課題の解決に取り組むことで、私たちは未来に変化をもたらすことができると信じています」(ブリンクホフ氏)

「助け合い」はブラバントのDNA

イノベーションのための「産官学連携」は、日本をはじめ多くの先進国が取り組んでいますが、ブラバント州は中でもそれが本当に機能している成功例として、世界に注目されています。

「助け合いの精神は、フィリップスの遺産なのです。フィリップスは会社の周辺――病院や住宅やスポーツパークなど――地域のコミュニティに対して責任を持ち、会社とともに街を発展させました。ビジネスに関しても、サプライヤーなど、他社と一緒に解決策を探る態度があります。1990年代初めに同社が経営難に陥ったとき、地元の政府、企業、大学との協力により、フィリップスと地域は奇跡的に立ち直ったという歴史があります。それ以来、この協力関係は、地域のDNAの一部となりました」(ブリンクホフ氏)

High-Tech-Campus-Eindhovenブラバント州のイノベーション・ハブのひとつ、「ハイテク・キャンパス・アイントホーフェン」。市街地から自転車で15分ほどの距離にある(写真:High Tech Campus Eindhoven)

フィリップスの研究機関がある同州の「ハイテク・キャンパス・アイントホーフェン」は、2003年にほかの企業や研究機関にも開放されました。これは現在、フィリップスから独立した第三者によって運営されており、世界280社以上、100カ国からの研究者1万2,500人が集まる、ヨーロッパ屈指のイノベーション・ハブとして機能しています。同キャンパスのほかにも、ブラバント州には「オートモーティブ・キャンパス」「ブレインポート・インダストリーズ・キャンパス(BIC)」など、多くのイノベーション・ハブが存在します。

「企業や研究機関は物理的にも近い距離にあり、それぞれがイノベーション・プログラムに取り組んでいます。しかし、彼らは同じキャンパスにいながら自動的に知り合いになったり、他社の技術に目を配ったりしているわけではありません。そこを私たちがサポートし、一緒にコミュニティを作っているのです」(ブリンクホフ氏)

「ブラバントは明るい!(Brabant is Bright)」

BvOF 2019 - Mobifestival - studententeamsブラバント州ヘルモント市にある「オートモーティブ・キャンパス」。ここにはさまざまな大学や企業や研究機関が集まり、次世代のオートモティブに関する研究開発を行っている。 ©Bart van Overbeeke

このコミュニティは地元のステークホルダーだけで構成されているわけではありません。日本企業をはじめとする多くの外国企業も重要なステークホルダーです。

「オランダは小国ですから、常に海外に目を向けています。さまざまな社会的課題がある中で、自分たちだけですべてをうまくやれるとは思っていません。外国企業がエコシステムの一部になることで、より良いエコシステムを構築できます」(ブリンクホフ氏)

ブラバント州が掲げるメッセージは、「ブラバントは明るい!(Brabant is Bright)」というもの。助け合いの伝統を元に、日本の企業や学術機関とも協力したいと考えています。

ブリンクホフ氏は、「私たちはオランダのスタートアップや学術機関を日本企業と結び付けたいと思っています。また、日本の皆様に私たちのところに来ていただければ、ビジネスやテクノロジーを発展させるための適切なパートナーにお繋ぎし、適切な場所をご提供します。レッドカーペットを用意してお待ちしています」と締めくくりました。

ブラバント・イノベーション・デイズへのお申し込みはこちら

BOM連絡先 : ebrinkhoff@bom.nl
Holst Centre連絡先 : contact@holstcentre.com

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Naoko Yamamoto

Japanese writer and  publicist based in Eindhoven, The Netherlands